Nadja の日記
2013-05-06 15:15:46  無駄なことをしよう

生活に必要なことであるかとか、実用的であるかどうかとか、それが何の役に立つのかどうかとかいう思考は、実はむしろ思考停止を招くこともあるのではないか。という指摘。

それが活きる上で必要であるか、あるいは有用、有益、いわゆる有意義であるかどうか。それを決めるのは自分自身の価値観か、他者からどう評価されるかのいずれかで決まる。ただし、後者は結局、他者から自分の言動が高い評価を得られるかどうかを自分自身が再評価することによって、自分自身の中でその存在価値が決められるものである以上は、最終的に前者の判断基準によって有意義であるかどうかが決定されることになろう。

例えば、生きていくためにお金を稼ぐ、その手段として何か職に就き労働すること、それは誰もが認める有意義(というより必要)なことであろう。しかし、その自分が生きるということそれ自体の価値判断についてはどうだろうか。自分が存在すること自体に何か意味があるのか、有意義であると認められる理由が見当たるだろうかと考えると、これは非常に難しい。つまり、有意義である前提についてさらに言及していくと根本問題にあたってしまい、そこで有意義であるとか意味があるとかいった議論が成立しなくなってしまう、いわば意味の不完全性原理のような問題が現れてくることになる。

多くの場合、何かが有意義であるかどうかは、その逆の無用、無益、役に立たないこと、要するに無駄なことに対比されて評価されるものである場合が多い。つまり、無駄なことがあるから、それを解決するための有意義なことが存在する価値も生まれてくる。この考え方であれば、有意義なことの根底にある意味を求める必要性はなく、問題解決を為す手段としての有用性、有益性として意味を持ってくる。

そう考えると、実は、無駄は無駄ではない。無駄なことがあるために有意義なものがある。ときには無駄と思えることをして、それが何故無駄だと評価されているかを考え、分析し、それを解決する方法、考え方、道筋、その実現を図るための言動であり、支援するツールを生み出していくことも、有意義なことなのではないか。

無駄は、翻って有意義なのだ。必要なのだ。つまり、世の中に、真に不必要な、いわゆる無駄とされていることは存在しないのだ!(言葉は矛盾しているが、意味は通じるかな)



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2013-04-06 13:46:40  センバツの話

 

春のセンバツの一幕に物言いがついているようです。

済美・安楽の熱投が問いかけたもの。高校野球における「勝利」と「将来」。
(Number Web)

エース投手が9回完投、ときには延長もあり、その際の投球数が100を超えることも稀ではないという日本の高校野球の現状について、このままでは将来有望な少年が肩を壊す恐れもあり、その球数を制限すべきだろうという指摘がなされているというお話。

確かにその通り。10代というのはまだ成長途上であり、そこで腕や肩などに集中的に負荷をかけるような運動を繰り返していると成人した大人よりもその部位を痛めやすく、将来的に障害が残るリスクは少なからずある。だから、そうならないように過度な負担を強いることのないような制限を設けるべきという話は全く理にかなっていると思う。

その理解がある一方で、健康を優先すると、野球というゲーム、スポーツの楽しみや面白さが失われていくのもまた現実だと思う。この楽しみや面白さというのは、プレイする本人たちにとって野球というものが楽しいもの足りえるか、それをプレイすることで何らかの達成感なり満足感などを得られるものとなりえるかということにつながってくる。それを観る方にしてみればエンタテインメイント性ということでもあり、世間におけるその競技自体の存在価値を決める要素でもある。

その両者を天秤にかけて、どちらをとるかという問題。

仮に球数制限しても、十分に充実したゲームはできるかもしれない。投球数を制限したらしたで、それに対応したゲームのつくり方ができてきて、まず控え投手を先発させて、エースを試合が熱くなる後半に回すなどという作戦もあるかもしれない。ただ、勝てる見込みの試合で控えが打ち込まれて負けてしまったり、投球数稼ぎのファウル逃げ作戦なんてことも出てきたりするかもしれない。チームの組み立て方も従来型では通用しなくなってきて、野手も投手兼任できるようにしたり(地方校チームではありがちだが)、そうでなければベンチ入りできる人数を控え投手分増やしたりというルール変更の必要も出てくるかもしれない。

例えば1試合あたりの投球数を50に制限したとする。そうすると、大抵のケースにおいて先発投手は9回まで投げきることは難しい。毎回3者凡退していけばわりと回数を増やしていけるかもしれないが、1回10球も投げれば大体5、6回までで投手交代となる。例えば6回裏に2死満塁で4番打者を迎えてエースとの熱い対決!というところで球数制限により控えと交代なんてケースもありえなくはない。コントなら会場が爆笑して舞台暗転で良いけど、その春、その夏しかない高校球児がそれで納得するかどうか。

とにかく、何か危険性がある、リスクがるということについて、そのリスクが顕在化しないように先手を打ってリスクそのものを潰すというのは合理的である一方、リスクをとって得られていた可能性や価値も同時に潰しているということになるということは理解しておいた方が良いとは思う。そして、当事者たちがその可能性の方に大きな価値を見ているのだとしたら、それは危ないからと闇雲にストップかける行為についても考慮が必要だろうと。

この議論における主役は、あくまで野球をプレイしている高校生の選手たちなのだけど、彼らがまだ幼く無鉄砲だから、より賢い大人たちが安全なルールをつくって守らせなければならないんだ、という論理は正しいのかどうか。

ちなみに、こういう議論の中で必ず引き合いに出てくるのは、学校や家庭における児童虐待であるとか、ブラック企業における過酷な労働であるとかいう話。これらは、まず虐待されている児童やブラック企業の社員が、虐待や過度な労働を望んでいないのにされている、させられているという点で高校野球の件とは全く違う話なので、そこを混同して話をするべきではない。もちろん、選手がそういうプレイを望んでいるかどうかは本人でないとわからないし、仮に望んでいないのに監督やチームから強要されているというのであれば話は別だが。以前、某学校における某バスケ部キャプテンが自殺したというニュースが問題になっていたけど、あの件と高校野球で9回完投するという件とはまた性格の違う話だろうと思う。

とにかく、主役が選手たちである以上、彼らに判断を委ねるのが筋じゃないかと。当然、過度なプレイをすることによるリスクについては、医療におけるインフォームドコンセントにならってしっかり説明して理解してもらった上で判断してもらうということは前提ではある。やり過ぎると肩を壊して将来が潰れるかもしれないという危険性については、それこそ脅しをかけるくらいの勢いでいって聞かせる。というか、そういうリスクの説明をわかりやすくすることに力を入れるべきで、何も頭から制限かけて道を閉ざさなくてもいいじゃないか、というのが私の意見。

健康第一なのは、もちろんその通りではあるんだけどね。

 



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2013-02-11 19:14:15  リモートデスクトップでゲーム

Windows標準のRDではDirectXを使用するアプリは操作できない。つまり、3Dゲームのほとんどはプレイできないということ。まぁリモートでリアルタイム性の求められるようなゲームをやるなんてこと自体が愚の骨頂なのかもしれないけど、逆に言えば、そんなにリアルタイムに操作する必要のないゲームであれば、リモートできてもいいんじゃね?ってことで探してみた結果、以下の Splashtop というやつが評判良さげ。

http://www.splashtop.com/ja/splashtop2

ホストとなるPCにはSplashtop Streamer というサービスをインストールして起動しておく。これでゲスト側の Splashtop からいつでもアクセスできる。しかもゲストはWindowsだけでなく、iPadやAndroid端末などからも操作できる。商用利用は有料だけど、個人利用なら無料。このRDのレスポンスは(ゲームが出来るほど)かなり良いので、Windows標準のRDが遅いと感じている場合も、こちらを試してみるのも良いかもしれない。

ただ、Windows標準のRDはホスト側はロック状態になるが、Splashtop の場合はホスト側に操作中の画面が表示される。イメージで言えば VNC に近い。

今の課題はゲームコントローラ。RDだと、キーボードとマウスの操作は当然ながらホスト転送されるのだけど、ゲームコントローラのそれは転送されない。ホストとゲストで同じコントローラのドライバを入れていてもそれらが関連づかない(まぁ当たり前ですが)。なので、リモートで使えるゲームコントローラのドライバがないか探しているのだけど、そんなものはなかなかありません。自分でつくるか?い、いやぁ…(-_-;)



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2012-12-21 23:17:39  10年前につくったフラッシュ

フォルダ整理してたら出てきたので貼ってみる。(音量注意!

あの頃はマジ死んでたなー。。



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2012-09-24 22:30:11  日本近海を巡って

最近、中国や韓国の反日姿勢が強くなってきてるけど、それぞれの状況は少々異なってる模様。

まず韓国の方。こちらの反日姿勢が際立ってきたのは、おそらく国家元首であるイ・ミョンバク大統領が竹島に立ち入ったことがきっかけ。さらに追い打ちで天皇侮辱発言をしたことで、右寄りでなくても日本人全体の反感を買って日本の嫌韓が進み、それを受けて韓国側もさらに反日姿勢が強くなってきている。

ただ、個人的にはこちらは捨て置けば良いと思っていて、韓国の大統領って、大体その政権末期になると反日姿勢を強めてくる傾向がある。選挙間近であればそれで支持率が稼げますからね。今回のことはちょっと度が過ぎてるんだけど、基本無視で良い。従軍慰安婦だとか戦争責任とか、いわれるだけなら何も減らない(むしろ評判落ちするのは向こう)のでいわせておけばいい。日本は何もしないでスルーでOK。

日本にとって韓国は無視してもほとんど影響ないけど、韓国側は日本を無視できない状況なので、反日を強めれば強めるほど自分の首を締めることになるだけなので、あれはそのうち息切れすると思うんですよ。

問題なのは中国で、こちらの国力は、軍事的にも経済的にも無視できない。

中国が領土領海の主張を強めているのは日本に対してだけではないけど、特に東海岸で起こっている反日暴動は、中国に進出している日系企業にとってはわりと高いリスクになっている。今起こっている暴動だけではなく、今後も同じような暴動が起こりかねないという不安要素は、あの国での事業の先行きが安定しないので経済も萎縮するしかない。

そのきっかけになっているのは尖閣諸島。尖閣はもうずっと日本の領土として続いてきたところ(明治時代からといわれているけど)なのに、最近になって中国が突然自分ちの島だと言い始めて日本政府は泡食ってる状況。政府としての危機管理能力が皆無に近いということが露呈してるわけだけど、それでも海上保安庁は頑張って警戒してくれてるので、実効支配移譲の危機をなんとか免れている状況。

議論が分かれるところかもしれないけど、私はそこは自衛隊の出番だと思うんですよね。こういうところで艦船を使わないでどこで使うんですかというお話で。

自衛隊というのは戦争をするためにあるのではない。そんなことは憲法でも法律でも謳われていることだけど、自国領海を守ることは自衛隊の重要な仕事じゃないのかと。巡視船で警戒するのにはある程度の限界があるのであって、それは去年の中国漁船の巡視船衝突(故意)の事案をみてもわかる話。完全になめられてるわけで。そこに自衛隊のイージス艦でも警戒させておけば話は違ってくるはずです。

このたとえが妥当かどうかはわからないけど、日本における自衛隊というのは、PCにおけるウィルス対策ソフトと同じような役割を担うものじゃないかと思う。防壁をはっておかないと、悪い奴らがどんどん侵入してきて悪事を働く。言い換えれば、防壁をはらないということは、どうぞ入ってきて悪さしてくださいといっているようなものだということ。今の世の中は基本的に性悪説で考えないと、どんどんつけ込まれるという世知辛い社会になってますから。

ただ、あまり強気に出過ぎると最悪の自体になるし、あまり弱腰過ぎると尖閣の実効支配を譲ってしまう状況で、ここは日本政府の外交力が試されるところです。どう出るのがベストorベターなのか。当面は(何となくあと半年以上は)民主党野田政権が続く感じなので彼らの出方を見守るしか無いわけだけど、とにかくアホな選択をしないように祈るばかり。



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