Nadja の日記
2012-08-15 12:53:51  歴史認識

以前、北朝鮮の対米、或いは対周辺国の核をめぐる外交手法が“瀬戸際外交”などと呼ばれて揶揄されたことがありました。

天皇、訪韓なら謝罪を=韓国大統領
(jp.wsj.com)

目的は違えど、こういうのもある意味瀬戸際外交ですよね。北のは対外国の駆け引きだけど、韓国のこれは内政における大統領自身の支持を維持するために日本をダシに使ってる。こういう政治のやり方というか宣伝方法は、様々ある手法のなかで最も底辺のものだろうと思うのだけど、昔から韓国の人(政治家)はわりとこういうことを平気でやってきてる気がする。

こういうことを見てると、藤子F作品の『ミノタウロスの皿』の話を思い出すんですよね。

あらすじを簡単に書くと、とある地球人が宇宙船の不調でミノックス星という未知の星に不時着。その星には“ズン類”という知的生命(地球でいう人類にあたると思われる)や彼らによる文明が存在したのだけど、そのズン類は地球の牛のような姿格好をしていたと。逆に、その星に“ウス”という生物がいて、そちらは地球の人間(人類)のような姿格好をしている。不時着したその地球人は、その星のとあるウス(見た目人間)の雌を好きになるのだけど、その星ではズン類がウスを食べるという常識があることを知り、それは残酷なことだとその星のズン類に説いて回る。でも一向に理解されないというようなお話。

つまり、常識の根底は地球人と同じなのだけど、それを裏返すと、理屈では分かるものの感情的に理解できないものになるという発想だと思うんだけど、韓国人と日本人の間にもそういう常識の掛け違いがあるんじゃないかと。

とはいえ、韓国での日本に対する反感というか被害妄想というか、これは異常なほど高くて、常識が同じだったとしても単純に「とても嫌いだから」という理由だけで盛り上がってるところはあって、戦争の加害者被害者とか慰安婦だとか、そういう話は先立つ「嫌い」という感情に対する後付け理由になってると思うんだよなぁ。戦後間もなくにそれを理由にするのは、ひどい目に遭わされた直後だからまぁわからんでもないですが、もうそれから60年以上経って現役の人たちも世代交代してる今それをいうってのは明らかに不自然なわけで。

多分、韓国人の本音はこうでしょう。日本という国のレベルは韓国とそう変わらないか、むしろ韓国の方がレベル高いと思っていて(まぁここらへんは自国愛から然るべき感情ではある)、かつ、日本は第二次大戦の敗戦国であるはずなのに、何故か韓国を凌駕する経済大国になっている。その点で負け意識があって、日本は何かズルをして今の地位を得ているのだから、そんな悪い国は蔑んで当然だし、いろいろ搾取しても問題ない。と、そんなところじゃないか。

で、日本からしてみれば、韓国の人が何でこんなに反日なのか理由がよくわからないわけですよね。確かに戦時中に酷いことをしたかもしれないけど、上に書いたようにそれって60年以上も前の話で、今の若い人達まで一緒になってそのことを非難しているのは何で?となる。これは韓国の国策で、反日教育をしているためだと思われるけど、そういう国策をとっていることやその理由も今の日本人にはさっぱりわからんと。理由がわからないから、何かしらんけど韓国という国は日本に言いがかりつけてケンカ売ってきてるようにしか見えない。

歴史認識の違いということがよくいわれるけど、とにかく戦争しなきゃいいって方向に倒せば、もう歴史認識とかどうでも良いと思うのは私だけですかね。歴史認識を一致させたところで、戦争は起こるときには起こるわけで、違うなら違ったまま平和にやっていけば良いじゃないか。そう簡単にいかないのが人間の感情ってことなんですかね。

 



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2012-07-24 22:18:27  騙されてはいけない

要するに...といってるが、要点がわからない。
つまり...といってるが、つまってない。
逆にいうと...といってるが、逆じゃない。
簡単にいうと...といってるが、難しい。
言い換えると...といってるが、全然別のことをいっている。
例えば...といってるが、例になってない。
よく考えたら...といってるが、あまり考えてない。
ちょっとだけ...といってるが、ちょっとどころじゃない。
ぶっちゃけ...といってるが、ぶっちゃけてない。
極論すると...といってるが、極論になってない。
マジで...といってるが、真面目じゃない。
いうなれば...といってるが、いえてない。
即ち...といってるが、回りくどい。
神に誓って...といってるが、神とか信じてない。
命をかけて...といってるが、逃げる準備中。
実は...といってるが、嘘。



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2012-07-11 00:39:16  日頃、面白いと思っている風潮

んで、こちら。

有名人界隈と一般との壁が薄くなりつつあるような風潮
ネット上の文化、ブログとかSNSとかTwitterとか、そうしたものが一般に広がり始めたことで、今までテレビや雑誌なんかの向こう側だと思っていた人たちが、こっち側とコンタクト取りやすくなってるなと感じる。とはいえ、有名人がファンとか一般人に話しかけられてその一人ひとりに対応できるほどマルチコア、マルチスレッドではないので、フィードバックが得にくいのは従来通りかもしれないけど、一般人の声が届きやすくなっていることは確か。

オタク文化が市民権を得始めている風潮
これは良し悪しあるけど。最近の秋葉原とかは正直行き過ぎだと思う。けど、この爆発力は不気味な可能性を持っている。結局、マンガ、アニメ、ゲームで育った世代(今の30代から40代あたり)が今自分のお金を自由にできる世代になってるということで、文化というのはどの時代もおよそそういうあたりが発信源になっているわけで、その点は今時点においても例外なくということになろうかと。まぁ、面白いと思いつつも、おまえらあんまり調子にのんな!とも思うけど。(自分のことは棚に上げて)

素人が文化の中心になりつつある風潮
これもネットの恩恵でしょうけど、旧来はテレビや新聞、雑誌といった一方的なメディアが文化の発信源となっていたところが、最近はネットが震源地となっている文化がメジャーカルチャーになりつつあるように見える。コミック、文学、音楽、美術(CG)、ゲームなどの様々なコンテンツが素人の手によってどんどん制作され、しかもその中にはプロの仕事と見紛う品質のものも少なくない。かつ、それらは素人制作なので基本的にお金がかかるものではない。タダでそれらのコンテンツを楽しむことができる。つまり、プロ制作のコンテンツにお金を払う必要性が希薄になりつつあるということ。フリーで同程度のエンタテインメントを体験できるなら(この不景気の最中とあればならなおさら)みんなそちらに流れるのは必定。

ゲーム界隈が頭打ちになってるんじゃないかという風潮
ここ最近クソゲーばっかだよ!という不平ばかり聞かれるようになっていて、開発サイドとしては開発費と売上が折り合ってないという実情が表面化し始めてるという傾向。その何が面白いのか。ネガティブじゃないか。と、思いますね?でも、最近のゲームは面白くないといっている人は誰かというと、基本的にゲームは面白いと思っている人。面白くないといっている以上はそのゲームをやってるわけで、そうした声が大きいうちはまだゲーム界隈は廃れてないという反証でもある。JRPGはぬるい!似たようなFPSばっかりだ!まともなシューティングが出てない!ムービーばっかりで全然プレイできない!キャラゲー、声ゲー、アニメかぶれだ!とかなんとかいいつつ、そういうのをわりと楽しんで遊んでる。作品を貶す声は多くなってるけど、その品質自体は年々確実に進化してると思う。今、80年代90年代のレトロゲームが面白いと思えるのは、当時TVゲーム全てがとにかく新鮮だった(何が出ても新しい)という時代背景がその想い出補正をしている。何しろベーマガに掲載されてる200step程度のBASICプログラムをMSXに打ち込んで何かスプライトと音が出ただけで感動していた時代です。例えば、ある人に「神ゲーだ」と紹介された90年代初出のゲームを今初見プレイしても、おそらく多くの人が10分かそこらで放り出してしまうと思う。もしその作品に90年代にリアルタイムに出会っていたら「神ゲー」だったかもしれないけど、今のゲーム作品群レベルから見れば確実に見劣りしているわけです。個人的にはハードもソフトも、ゲームはもっと進化できる余地はあると思っている。

やっぱりオタク視点なものばっかだなー。



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2012-07-11 00:02:10  日頃、残念に思ってる風潮

先にこちらから。

自分より優位な立場の人を叩いて引きずり降ろそうという風潮
羨ましい。妬ましい。その気持ちはわかるけど、そういうのに悪態ついてみたところで、自分の今の状況が改善するわけではないのだよといいたい。

人を型にはめようとする風潮
ネット界隈だとネトウヨ、ブサヨなどと言い合っているけど、その言葉を言いたいだけじゃないのかと。自分の気に入らないもの、或いはそれを好む人を何か蔑称で呼んでみたり信者だとかいってみたり、自分と対極にある者という仮想敵をつくってそこにはめ込もうとするこの傾向も、それをして本人は何か得するのかと。

新しいものを叩いて古いものを敬う風潮
これは特に30代以降の人に多いか。最近流行っているものが理解できないのか、調子がいいのが気に入らないのか、自分が知らない新しい文化とか価値観とかを見ては自分の知ってる古いものと比較して、さも古い方が良かったというようなことを宣う人々は昔から絶えないような気がする。

自分は何もせず他人に頼っているくせに、それが頼りにならなくなると文句いう風潮
文句言う前にまず自分が動けと。確かに、個人ではどうにもならない問題、社会問題とか政治問題も多い。でも、今自分がダメなのは本当にそれが原因なのか。お金が無いのは不景気なせいなのか。仕事がないのは政治が悪いからなのか。犯罪が発生するは警察が働かないからなのか。いじめが絶えないのは学校のせいなのか。何でも完璧にこなせる人はいないし、それは公人もかわらない。基本的に他人はアテにならないと心得るべきではないか。過度な期待をすると憎さも100倍ですよと。

ズルをする人が得をして頑張ってる人が報われない風潮
もう何よりこれ。何といってもこれ。今の日本は、定められたルールに従って頑張ってる人よりも、ガンガン反則した方がのし上がれる社会になっている。そして社会や業界で力(権力とかお金とか)があれば反則してもペナルティを免れる。そういう人がトップにふんぞり返っていて仕事してない。そのわりにお金はガッポリ貰ってる。その数倍から数百倍頑張って働いてる現場や下っ端はひたすらワーキングプアで、頑張っても頑張ってもトップの100分の1の収入もないとか理不尽すぎ。で、頑張ってる人の声を伝えるところであるはずの労組が労組として機能してなくて、何か政治集団じみてきてる。労働者の利益でなく、労組自体の利益を求めてる(労組幹部が利益を得られるバイアスをかけている)この本末転倒感。

まぁ、些細な話でもあるんだけど、こういう火種が重なっていくと、致命的な大火事に拡がっていくんじゃないかなと思うわけで。



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2012-07-10 00:43:43  裕福な日本の終焉

このところ感じている違和感があるのだけど、それは世間が正義や秩序などの名のもとに悪事を叩く態度と、日頃自身が抱えている不満を訴える態度とか混ざってしまって、何でも見境なく前者に関連付けて不平を言う風潮というのがあるんじゃないかということ。

日頃の不満というのは、政治や企業(或いは自身)の努力不足に起因するものもあるわけだけど、それ以外の避けようのない問題、例えば、燃料価格の高騰による電気料金の値上げであるとか、少子高齢化、生産人口減少による税収減の為の1人にかかる税収負担増であるとか、そうしたことに対応する施策なり政策に対して、理不尽だ、権力の横暴だ、もっと上手くやれるはずだとまくし立てるわけですね。

電気代に関して言えば、震災で原発問題が表面化して、その問題が解決を見るまでは多くの原発停止を余儀なくされている現実があるのであって、その場合は火力発電が代わって主電源とならざるを得なくなる。火力発電の燃料は言うまでもなく石油であり天然ガスなのであり、これらの燃料は日本で生産できないので全て輸入に頼っている。そしてその燃料代はここ最近で暴騰しているわけです。これは自動車の燃料であるガソリン代を見ても分かる事実で、ほんの数年前まで1リットル100円を切る価格だったレギュラーガソリンが今では140-150円というあたりをつけてます。ガソリンというのは石油から精製される燃料で、これは火力発電の燃料も同様なわけです。原発が止まって火力が動き出せば、電気代は当然上がります。

ところが世間(の一部の人?)は、原発運用の杜撰さ(これは事実ですが)と電力会社の運用のまずさを責めるついでに、電気代の上昇に関しても文句言ってる。その言い分は確かにうなずける部分もあり、もっと合理化できる事業や経費もあるのは確かではあるけど、それだけで燃料代の差分を埋められるものではないでしょう。

あと、消費税の増税に関しても、当然納税者の負担が増すわけだから文句はあがるでしょうけど、問題は、消費税を上げなかった場合に日本の財政がどうなるかということについて考えた上で文句いっているのかどうかという点。増税でなかったとしたら、今後どうやって財政を切り回すのか。

ちなみに、私個人は増税には反対ですが、それは仕方がないとも思っている。増税でなければ、今後主な出費増となっていくであろう社会保険や福祉方面を削っていくしかないと思っていて、それは今の後期高齢者医療制度だとか、年金だとか、そうしたものをさらに厳しく簡素化していくしかない。つまり、国や自治体による個人の保護を極力削っていく方向ですね。そうすれば歳出は減らしていけるけど、そんなことをすると世論の大反発を買うのは必至であり、国民の選挙で職を得ている政治家がそんなことをできるはずがないわけですね。となると、なるべく現状制度を維持しつつ国も破綻しないようにやりくりするには、急激な生活レベルダウンをしない程度のじわじわ増税あたりが無難な選択肢になってくると。

ぶっちゃけ、年金制度くらいは廃止しちゃって良いと思うんですがね。廃止して、とりあえず納税者にはこれまで支払った元本を返還する。一括返還が無理なら、今後分割でも良い。そうなれば、老後の備えということに関しては完全に自己責任です。納税してない人は保護もしない。或いは、死なない程度の最低限の支援にとどめるとかね。

とにかく、今までの生活レベルが当たり前だと思ってる人たちは、もうそれがいつ終わってもおかしくない幻想のようなものだと気付いて欲しいということです。国が1000兆円借金してるということは、国民1人あたり7、800万円程度の借金をしてるってことになるわけで、そんなに国や自治体に世話してもらってねーよというなら、例えば普段歩いてるその道も国や自治体がつくって管理しているものだと認識しましょうということ。

国の財政がまわらなくなると、公共のインフラ管理も今以上にダメになるわけで、さらに破綻ともなれば、国からの保護や支援も全く期待できなくなるどころか、増税どころの騒ぎじゃなくなるということも見据えておきたいところ。

まぁ、最近の政治もインフラ系の企業もトップがあまり賢いとはいえないので、彼らのやり方が必ずしも妥当であるとはいえないわけですが、そこを改善することと、厳然として存在する社会問題とはまた別の話だという切り分けができてないと、正しい意見をいっているようで実はただの駄々っ子になっているということも往々にしてあるんじゃないかということを認識しておきたいですねってお話。



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